04年11月01日 月曜日
<もう11月>
今年も残り2ヶ月・・・・・
早いナ〜。
去年、行方知れずだったスーツを捜した。
あっちこっち、衣装ケースの蓋を開け
「こんな服があったのか、着るかなー??着ないよなーぁ」と思いながら蓋を閉めた。
ほとんどの衣装ケースを開けた後、
ふと、たんすの上を見上げると、「茶色のスーツ」と書いてあるケースを見つけた。
なんだーぁ、一番わかり易いところに置いてあったんじゃん。
今まで、何を見ていたんだろう。
これ、今度のお出かけの時に着て行こうかな??
この服で、友人に逢ったことがないよねー??あったかな??
さっぱり覚えていない。
久しぶりに会うのだから、違う洋服を着て行きたいけれど、
覚えていないのだから困ったものだ。
でも、つらつら考えると
自分の着た洋服を覚えていないんだから、
友人が私の洋服を覚えているわけないよね〜。
着ないであろう洋服をいつか、古着屋さんに持っていき、処分しよう。
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04年10月31日 日曜日
<すぐれた政治家>
政治家の美徳は支配の能力にあると私は思う。政治がどのような聖なる目的であろうと、
やはりその本質は支配である。
そして、すぐれた政治家は、ほとんど支配のあとを残さないで、完全に人間を支配する。
政治家として、徳川家康は信長より偉大であろう。
彼はあまり多くの人を殺さずに、しかも3百年もの長い間、自己の支配を貫徹する、政治形態をあみ出した。
しかし、家康の場合はまだ、支配のあとがはっきりわかっている。
彼が何をしたかはすべて明らかである。
けれど、もし彼がいったい何をしたか分からないうちに、自己の支配を貫徹し、自己のみか
子々孫々まで、この国の支配者としての位置を獲得させるような政治家がいたとすればどうか。
そういう政治家こそ、もっともすぐれた政治家であるといえよう。
以上、神々の流竄(るざん):著 梅原猛より
梅原氏がいうもっともすぐれた政治家は、藤原不比等だ。。。。。
yuki思う
子々孫々まで、この国の支配者・・・・・
昭和時代の第34、38、39代内閣総理大臣近衛文麿も藤原家直系だし
79代内閣総理大臣細川 護煕も藤原家の末裔だし、
現代日本の支配階級の9割は藤原氏直系、とも言われている。
不比等、すごすぎる〜、
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04年10月29日 金曜日
<またまた、WindowsXP Service Pacx2>
[コンピュータが危険にさらされている可能性があります。]、[状態を確認してください]
というメッセージが表示される
現象を改善したのだが、・・・・・もとい、
改善したつもりだったのだが、
昨日もこのメッセージが表示された。
メッセージが出ないようにするための操作は、「ノートンで自動更新されない更新項目を手動で更新する」ことだったので
昨日、もう一度更新した。
[コンピュータが危険にさらされている可能性があります。]、[状態を確認してください]
というメッセージは消えたが
替わりの
メッセージがでた。
「ウイルス対策は、Windowsのウイルス対策よりノートンにおまかせ。推奨」
この言葉ではなかったが
まあ、「ウイルス対策はノートン一本にしたほうがよい」
というような内容だった。
はぁ??WindowsXP Service Pacx2は
インストールしないほうがよいということ??!!
わけのわからない世界だ。
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04年10月28日 木曜日
<古事記>
古事記は宮廷の奥深く秘められていた形跡が強いのである。
一般に知られるに到ったのは室町末であるといわれている。
ー中略ー
それは宮廷の一般官僚すら知られていない秘密書類であったらしいのである。
ー中略ー
この本の第一読者は元明天皇(女帝。持統天皇の子の文武天皇の后。聖武天皇の祖母)であったことを意味する。
彼女一人に捧げられているこの本は、彼女一人のために書かれたものといってよいかも知れぬ。
この事情について、われわれは次のように考えなければならない。
秘密の当事者だけに通用するほんの中には、おそらく、多くの暗号が存在しているはずである。
他の人には分からないが、当事者のみ分かる話が秘密の本にはある。
そして、そういう秘密を共有していることは、また当事者同士の親近感を増すことにもなる。
たとえば、アマテラス。元明天皇はそのモデルを持統帝と読んだかもしれぬ。
またたとえば、イザナミがイザナギに先に声をかけて交わったために水蛭子(ひるこ)が生まれる。
このことももしかしたら、古事記の著者と元明帝の間にはよく分かる何らかの事実を指し示していたのかもしれない。
この稗田阿礼(ひえだのあれい・・・*注古事記の著者)という名にしてもそうである。
あるいはそれは一つの偽名であり、古事記の二人の著者と元明帝の間にはすぐ分かるが、他人には分からないX氏の仮の名前ではないか。
この書が秘密の書であるとすれば、この書の中には、人に知られたくない都合の悪いことがたくさん書かれているに違いない。
それゆえ、もっとも肝心な著者を稗田阿礼という偽名で書いて、万が一に備える。
しかし、元明帝はこの男が誰であるか知っている。
私は知っている。ほとんどの秘密書には著者名が明らかではないことを。
日本の古典の中でも、多くの著者名がはっきりしない本がある。
著者名がはっきりしたら、都合が悪いのである。
事実は必ずしも安全と結合するものではない。
それゆえ、事実を明らかにして、なおかつ自己の安全を守るには、著書を匿名で書かねばならぬ。
この古事記も匿名で書かれてもよかった。しかし、この本の真の著者は、一方で、女帝にたいして
自己の存在を目立たいという強い意志と必要をもった。
それゆえ彼は、女帝にたいしてはしきりに自己の功績を見せつけつつ、第三者には自己をかくすという巧妙な方法をとったのではなかろうか。
かくて彼は、稗田阿礼という奇妙な名を使ったのではないか。
以上、神々の流竄(るざん):著 梅原猛
で、梅原氏は「稗田阿礼」は藤原不比等だと断定する。
yuki思う
元明帝と藤原不比等
並々ならぬ関係を想像させられる。
恐るべし不比等。
と言ったものの
稗田阿礼=不比等説は、梅原氏のみの説であります。
で、
梅原氏、哲学者ゆえ??性格ゆえ??
一度発表した自説でも、間違いだと判断すると間違いだったと訂正するんです
(良心的な学者さんです。間違いだと気付いてもなかなか自説の訂正はできないものです)
そこは、立派だと思うのです。
しかし、
ということは、時系列にすべて読まなければ、間違いがわからないということで、
なかなか、梅原ワールドから抜け出せないとうことです。
長文にもかかわらず、最後まで読んでいただいてありがとうございます
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04年10月26日 火曜日
<WindowsXP Service Pacx2>
WindowsXP Service Pacx2とやらを、10月1日にdlした。
セキュリティーなんちゃらかんちゃらというやつなんだけど、本当にインストールしちゃってよかったのかどうか・・・・・
それ以来、メールの画像は×マークで送られ、クリックしなければ見れないようになった。加えて
インターネットを開いてみれば、×マークのアイコンは増えてるし、
一番困ったのが、「ノートン」先生との互換性で
[コンピュータが危険にさらされている可能性があります。]、[状態を確認してください] というメッセージが表示されることだった。
でつい最近、この現象を改善したのだが、
なんだかよくわからない。
昨日の「リゴレット」、よかったですぅ。
一番感動したのが、ステファニア・ボンファデッリ。
数回しかオペラを見ていないけれど、そのいずれのソプラノ役の歌手、りっぱな体格の持ち主。
だからか、
カーテンコールで舞台に出てくるとき、歩いてくるんです。
昨日は、違いましたね〜。
ステファニア・ボンファデッリが華奢だからか、はねるように舞台に出てくるんです。
体型が違うと、舞台の出方も違うのかと
目からうろこでした。
バリトンのレナート・ブルゾンの声がソフトで、いやー、よかったです。
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04年10月25日 月曜日
<リゴレット>
昨日は、友人とランチ。
で、今日は楽しみにしていた「ハンガリー国立歌劇団『リゴレット』
見にいきます。
ステファニア・ボンファデッリ・・・某雑誌によると注目度ナンバーワンだとか、
ますます、楽しみ。
↓
| ふたりの共演する「リゴレット」は全国でもアクトシティだけ!! |
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<ステファニア・ボンファデッリ>
1997年の『清教徒』エルヴィーラ役でウィーン国立歌劇場に衝撃のデビューを果たして以来、ヨーロッパの主要歌劇場に次々と登場。ウィーン国立歌劇場やミラノ・スカラ座を初め、コヴェント・ガーデン、ベルリン、チューリッヒ、アムステルダム、ハンブルク、フランクフルト、ナポリなどでベル・カントオペラから近現代にいたるまでの驚異的なレパートリーを披露している。『椿姫』、『ランメルモールのルチア』、『夢遊病の女』、『リゴレット』、『コジ・ファン・トゥッテ』などは特に高い評価を受けており、中でも『椿姫』ヴィオレッタ役はゼッフィレッリ演出のブッセート・ヴェルディ劇場作品が映像化されている。日本でもその華麗な容姿と演技で聴衆を魅了、03年にはトリエステ・オペラ『ルチア』、藤原歌劇団『ロメオとジュリエット』の舞台に登場して一大ブームを巻き起こした。

レナート・ブルゾン>
イタリア・オペラ界の重鎮として、また世界中が認める知性と熱情を兼ね備えた役者として、他に並ぶもののない名バリトン。特にヴェルディ作品において、深く知性的な解釈と、「役の魂がのりうつった」と評される炎のような演技、そしてつややかな声と重厚な存在感が絶大な支持を受けている。日本では88年、ミラノ・スカラ座の来日公演で『ナブッコ』を歌ったのを皮切りに、藤原歌劇団や新国立劇場、サントリーホールのホールオペラの客演としてもたびたび招かれ、すっかりおなじみとなっている。年齢を重ね、ますます深まる心理表現は絶品、とくに『リゴレット』は日本の舞台で歌うのはこれが初めて、聞き逃せない絶好の機会となる。
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04年10月23日 土曜日
法隆寺の講座、聞いてきました。
「今、平城京再建をしているが、その資金は大蔵省の特別な使途金から出ている。
大蔵省にはお金があるんですな。ヒノキも日本のヒノキを使っている。
そこへいくと、文化庁はお金がないようで、
重要文化財などの修理費は、文化庁からでるので
外国産のヒノキだ。」
と先生はおっしゃっていました。
ちょっと面白いお話でした。
平城京が完成したら、是非、見たいものです。
ヒノキのにおいを嗅いで見たいものです。
法隆寺の講座を聞いた後、某デパートのジェラードを食べていました。
ふと前を見ると、中学の時の国語の先生、通称「マダム」が歩いてきました。
一瞬躊躇しましたが、「先生」と声をかけました。
ジェラードを食しながら、先生と話をしました。
「あなた、アイスクリームがたれるわよ」と言いながら、ウエットティッシュをバックから出してくれました。
「いつまでたっても、子供みたい。恥ずかしいです。」と言いながら、ウエットティッシュをありがたく使わせてもらいました。
相変わらず、女性らしい先生で素敵です。
「いろいろなことにチャレンジして、いつまでも元気で若々しくいましょうね」
と先生に言われて、お別れしました。
私も先生のようになりたいな〜。
「現代国語を解いていると、私の答えは正解のような答えにならない。」
と先生に訴えたら
「そういうことはあるわよ。『こういう答えもあるのにね』と生徒には言うけれど、でもね、よくよく考えると正解の答えになることもあるの。
現代国語の予習には時間がかかるわ」とおっしゃっていました。
ジェラードを食さなければ先生に会えなかったから、
ジェラードを食べてよかった。
紺のコットンパンツに白の綿セーターでファッションも、ジェラードを食べているという行為も、
中学生みたいで恥ずかしかったけれど、先生に声をかけてよかった〜。
敬語の使い方、間違っていたかもしれない。
日ごろ使わない敬語だけに、一番気になりました。(苦笑)
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04年10月24日 金曜日
<やっと、見れた>
DVDデッキでやっと見れました。(苦笑)
機械操作が苦手でパソコンでしか見れなかったんだけれど。。。。。
「遠すぎる橋」
やっぱり第2次世界大戦もの。
「The Dirty Dozen」と違い戦争シーンが多くて、少々重たかったかな・・・・・
映画とはいえ、ゴルフをしていたり、たばこをすっていたり、お酒を飲んでいるシーンがあったり、
日本は負けるわな。
しかし、
ショーン・コネリー
かっこよすぎるーぅ。
明日は、私にしたら多忙。
すべてよし、すべて順調
言い聞かせながら過ごそうと思う。
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04年10月21日 木曜日
<つれづれに>
台風の被害、皆様の所はどうでしたか??
おかげさまで、被害もなく無事に過ごしております。
昨日は、台風のおかげ(?)で塾もなく、久しぶりの水曜日の休日を過ごしました。
年に2回あるかないかの水曜日休みだったので、充実した水曜日の夜にするぞと
休みが決まったときから思っていたのですが、がははは
寝るという行為に走ってしまいました。
大笑いです。
お昼は、久しぶりにDVDみました。
DVDデッキの操作の方法が、わからないんで・・・・(操作手順書を読めばいいのですが・・・・)パソコンでです。
「The Dirty Dozen」
「大脱走」系の第2次大戦のお話なんですが、チャールズ・ブロンソンが若かった〜。
いつも私がコンサートに行くときお誘いするお人が居ます。
いつも「そういうコンサートは行かない」とつれなく断られます。
昨日は違いました。
「いってもいいよ」
で、関係事務所にあわててtelしました。チケット販売が始まってから時間がたつのでドキドキしながらtelしました。
取れたですうぅ。
レニングラード国立バレエ「白鳥の湖」
楽しみです。
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04年10月19日 火曜日
<目が点>
昨日、中2生と「平家物語の扇の的」を学習していた。
まなちゃんがいった。
「2月の酉の刻といったら、まだ暗いよね。扇が見えるの??」
おー、確かに。
扇が見える??見えない??見難いぞね・・・・・
私 「2月なら今より明るいし、酉の刻といっても5時に近い酉の刻だよ。あれやこれや。
波があり、扇が揺れているうえに見難い。それを射たというところが、すごいんだよ」・・・・といろいろ説明しながら
「なーんていろいろ言うけれど、確かに見難いよ。でも、扇が見れないと話しにならないからね・・・・・。」
見ることが出来るという先入観があるから、
見れないなんて、考えもしなかった。
わおぉー、鋭い指摘だった。
今日、中3生のなっチャンが言った。
「ピー子は、シャンソン歌手なんだね。シャンソンって、どんな曲?」
私は、口ずさんだ。
なっチャンが言った。
「中国の歌?」
????いっぱいで「違うよ。違うよ。フランスの曲だよ。」と答えた。
なっちゃん 「なんだ、中国だと思った。」
私???「あーぁ、わかった。シャンハイとシャンソンか・・!!。」
まぁ、いろいろな視点があるもんですわ。
ちょっと、驚き。
目が点という話でした。
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04年10月19日 火曜日
またまた、台風が来ている。
明日の夕方、ここら辺に接近するとか・・・・
秋雨前線の影響もあって、大雨とか・・・・・
うーん、ますます野菜が高騰するのか・・・・・・
明日の仕事は、振り替えでお休みかな??
明日、振り替えでお休みはうれしいが、
振り替えをする日があるかな??
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04年10月18日 月曜日
<つれづれに>
あら、随分日記をサボってしまった。
マックで食事をしているときに流れていた曲、いいな〜と思っていたのだけれど、
曲名がわからなかったので、
消化不良の日々が続いたがやっとわかった。
Fayray 「口づけ」(R and C Ltd.)
昼ドラの主題歌だった。。。。。。
久しぶりにCDをコピーをした。
1年ほどまえに、コピーガードがかかっている音楽CDを無理してCDにやいた結果、
買ったばかりのCDを壊してしまったことがあったが、それ以来。
まぁ、右往左往しながらもコピーができた。
よかった、よかった。
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04年10月14日 木曜日
<北野天神縁起絵巻ーおまけ>
ひっぱります。(笑)
道真、無実の罪で流罪。
と書きましたが、実は、そうでもないらしい。
以下、古代幻視:著 梅原猛より抜粋文。
ここに無視するこの出来ない噂がある。
それはある碩学から聞いた話であるが、道真は絵も名人で、流罪後、
道真の所から出てきた絵の一つに、さる女御をモデルにした絵があった。
その絵の女人には普通通人には見せない部分にほくろが描かれていたが、女御には実際その絵と
同じ部分にほくろがあったという。
その碩学は学問にうるさい先生で、いい加減なことを言う学者ではない。
いかなる文献を基にしてそういう話をされたかはよく分からないが、私は、これは
道真の流罪を考える時一考すべき話であると思う。
縁起では、道真には23人の子があったという。もちろん一人の妻からではない。
当時の一夫多妻の習慣に従ったまでであると言えば、それにしても子沢山である。
古代日本では、大国主命(おおくにぬしのみこと)でも仁徳帝でも、艶福であることが理想の人間の条件である。
しかも道真は詩人である。
柿本人麿の場合でも在原業平の場合でも、詩人に艶聞がつきものである。
この話と関連して、私には縁起絵巻にある「去年の今夜」の詩のときとは別に、
道真が上皇と天皇とそして后宮からもらった御衣を賜ったという話が気になる。
この后宮は基経の娘、時平の妹、藤原温子である。
この時、道真は中宮大夫の職にあった。
もちろん、道真と后宮にいかなる関係があったかは知るゆえもないが、
人麿の場合でも業平の場合でも、政治的追放の理由にいつも恋のスキャンダルが使われる。
道真も、人麿や業平と並ぶ優れた詩人であるならば、そういう恋のスキャンダルの噂があったとしても
おかしくないと私は思う。
yuki思う。
なるほどね。
艶福であることが理想の人間の条件である。含蓄のある言葉です。(笑)
政治の影に女あり。
いつの時代も同じか・・・・・
絵が得意だからといって、正確に描いてはいけません。
というお話でした(違うか!)
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04年10月13日 水曜日
<つれづれに>
つい最近、転んだ。
両足が宙に浮いたのを、スローモーションのごとく見た。
にもかかわらず、どこにも青あざもなく、痛みもない。
すばらしい受身でこけたようだ。
私って、運動神経がいい??←てなわけないだろう。
先週、けいたに「漢文教えて」と言われた。
高校生の漢文、教えられるわけないじゃん。
シグマベストの「理解しやすい漢文」をあわてて買ってきた。ついでに「古文」も買ってきた。痛い出費(ちがうか)
努力のかいあって(買ってきた努力)
今日の質問にすべて答えることが出来た。
よかったー。いやー、実によかった。前回の現代国語の質問にはあたふたし、世界史に関してはまったくのお手上げ状態だっただけに安堵も大きい。
ダンブルドア先生とも、しばし、お別れ・・・・・。
来年は読むかなー??ちょっと、疑問。
で、またまた梅原氏とこんにちわ。
仕事場に行ったら同僚が「テンション、この頃低いですね」
?????
ははぁーん。わかった。
車の中で「クラシック」を聞いていたためだ。
けいきのいい音楽を聞いていかないと、私にはだめみたい。
無理したらいかんということか!!??(苦笑)
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04年10月12日 火曜日
<北野天神縁起絵巻ーその3>
北野天神縁起絵巻
この絵巻物が奉納されたのは、承久元年。
それを奉納したのは摂関家の長者九条道家であり、
そしてその詞書は九条道家やその弟海教家などの摂関家の人々によって書かれた。
北野天神が摂関家の守護神であり、この「縁起絵巻」が普通の人が入れない本殿の道真像の前に置かれ、
誰にも見せられなかった。
以下、古代幻視:著 梅原猛より抜粋。
承久元年というのは、後鳥羽上皇と摂関家の間に一触即発の危機が生じた時であった。
おそらく摂関家の側、あるいは幕府の側について何等かの動きをしたと思われる源頼茂が上皇の命令で殺され、
今度は摂関家の人たちが危ないという噂が京の町に流れたのであろう。
こういう時期に、この「絵巻縁起」は密かに北野天満宮の本殿の奥深く鎮座したまう道真の霊前に
摂関家の人々によって奉納されたのである。それは何のためか。
もはやこの「絵巻縁起」奉納の意味は明らかであろう。
それは後鳥羽上皇に対する呪詛のためである。
恐れ多くも摂関家の守護神、北野天満宮の力によって、上皇のお命を失い奉らんとする意志によって
絵巻物は奉献されたのである。
「天満大自在天神様よ、かつてあなたを流罪にした醍醐天皇を火雷天神の力によって焼き殺されたように、
今あなたを守護神と祀る摂関家のために、この摂関家を亡きものにしようとする後鳥羽上皇のお命を
あなたの火雷神をお遣わしになって奪い給え」それがこの「北野天神縁起絵巻」奉献の狙いである。
でこのような不遜きわまりない企画をしたのが、
宗教政治家の慈円であり、
彼は「愚管抄」の中で、道理は時代とともに変わるものだと力説する。
例えば、聖徳太子が蘇我馬子とともに祟俊天皇を殺した。
これは一見道理のない悪なるものであるが、慈円はそこに本当の道理を見る。
聖徳太子を観音の化身だといって深く崇拝し、
この太子と並ぶもう一人の観音の化身が、慈円にとっては菅原道真なのである。
というわけで、
天皇殺害を正当化するために、あるいは天皇殺害もやむしという立場に立ち、
「北野天神縁起絵巻」は奉献され、愚管抄は書かれたと
梅原氏は憶測するのである。
yuki感想。
なるほど、それで、縁起には道真の雷が醍醐天皇を襲う場面が
多いのか。
たかが絵巻物、されど、絵巻物。
歴史は奥が深い。
来年からは、中3生を修学旅行に送り出すとき、
「高校合格のために『北野天満宮』のお守りを買って来るようといいかも」
と言いながら、白紙に戻そう(894)遣唐使の話をするだけではなく、
今回の梅原説も話してみよう。
都合4日間、北野天満宮にお付き合いいただいて
ありがとうです。
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04年10月11日 月曜日
<北野天神縁起絵巻の余談>
中間テストも終わり、しばしのんびり。
で中2生に北野天神縁起絵巻の話をした。
反応・・・・・乏しい。
やっぱり面白くないかな〜。
私なんかは、非常におもしろかったのだけれど。
水曜日に中3生に話してみよう(苦笑)
北野天神縁起絵巻ーその3
明日、載せる予定。
マクゴナガル
マクゴガナルとつい言ってしまう。
戦地の名前とかぶるのよ。
ダンブルドアは、言えるんだけれどね。
ということで、なかなか読み終えることが出来ない。
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04年10月09日 土曜日
<北野天神縁起絵巻ーその2>
現在の地に道真を祀る神社の建造を発意されたのは、天慶5年(942年)である。
道真の死後、39年目の年である。
天慶という年は「平将門の乱」が起こった年である。(935年)
新しい政府を作り、自分のことを新しい天皇と称した。
この事件は、平安の夢に明け暮れていた当時の宮廷に大きな衝撃を与えた。別の朝廷を作り、
自らを新しい天皇になる等という野心を起こした人は今だなかった。
(このため、天皇家に反逆した「平将門」は、戦前の教科書には極悪非道の人物として
覚えなくてはならぬ人物、知らぬ人は国家の敵だと烙印を押される人物である。)
この乱に道真の怨霊が一役買っていた。
ここで藤原氏は東と西の二つの強力な怨霊に挟み撃ちされたのである。
ひとつは摂関体制を外から否定する怨霊神であり、一つは摂関制を内から批判する怨霊神である。
将門の乱はいちおう平定されたが、再びこの二つの怨霊神が合体して
事を起こしたらどうしよう。藤原氏はこういう体制の危機をどのようにして免れることができたのか。
藤原氏は、鎌足、不比等以来様々な政治的策謀によって、
日本の政治を長く支配してきた恐るべき政治一家である。
彼らは、この一族の危機においてもまた奇想天外な機略を発明したのである。
それは、藤原氏に対して深い恨みを持って死んだはずの道真の霊を自家の守護神とすることである。
これは日本の神祭の伝統において存在しないことではなかった。日本には、どんなに強い怨霊神といえども、
それを祀ることによってかえって祀る人の守護神になるという伝統がある。
その伝統を利用して、藤原氏は自分たちを恨んで死んだ道真の霊を祀ることによって、
それを自家の守護神にしたのである。
これによって藤原氏は怨霊の挟み撃ちという危機から脱却した。
これは誠に巧妙な政策とも言えるが、また恥知らずの政策という非難を免れないであろう。
しかしともかく、それによって藤原氏は自己の権力を今しばらく安泰にすることができたのである。
古代幻視:著 梅原猛より抜粋
つまり
道真を死に追いやったのはお兄ちゃんの時平一家。
弟の忠平はこの流罪にまったく関係ない。
忠平はむしろ道真の元々味方であった。だから、道真の怨霊の復讐はお兄ちゃん一家だけに
向けられるもの。
そのポリシーがついに忠平の子師輔による北野天満宮ー忠平ー師輔一家の守護神化になる。
怨霊はお兄ちゃん一家の時平に集まり、時平一家は怨霊によって滅んだ。
これで忠平一家は安泰である。(このころの藤原家の権力闘争は他の一族の追随を許さず、
藤原一族内だけで権力闘争をしていた。)
天満宮の建造の政治的狙いはそれだけではなかった。
もう一つの狙いは、
出家の卑しい(下級官僚)道真を神にあがめたてることで、
下級官僚を味方にし、摂関制を支える律令体制を安泰にし、
新しく台頭しようとする武士の権力を抑えようとしたことである。
だから、藤原氏の氏神である春日大社の神様が新しく摂関家の守護神となった北野神に
怒ったり、嫉妬したりすることがなかった。むしろ
新しい守護神が現れたことを祝福したであろう。
以上が、「古代幻視」の中で述べられている梅原猛氏の考えである。
yuki感想
げげげ、
北野天満宮は、藤原氏の守護神なのかー。
知らなかった。知ってた??
敵である怨霊神を味方に引き込むなんて、恐るべし藤原氏。
なんという狡猾な一族なのであろうか。
しかし、道真の真意は藤原氏の守護神になることではなかっただろうに、
それを思うと、気の毒にさえ思う。
ここだけでも、驚きだったのだが
まだまだびっくりすることがこの北野天神縁起絵巻には隠されていた。
続きはまた。
台風の影響で、予定が大幅に変更になりました。
家の前を流れている一級河川が氾濫せずに、本当によかったです。
一時、心配しましたが、
我が家の被害はポストが壊れただけでした。
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04年10月08日 金曜日
<北野天神縁起絵巻ーその1>
道真は無罪の罪で流罪になり、恨みをのんでその地で死ぬ。
死ぬ前に彼は天拝山に登って、死後天満宮大自在天神という大魔王になることを7日七夜祈った。
祈りが通じて、彼は死後大魔王となって現れ、彼を罪に追いやった人々に復讐する。
その最高責任者は、藤原時平と醍醐天皇。
その復讐のすさまじさを語っているのが北野天神縁起絵巻である。
時平の一家は、ほとんど死に絶える。
醍醐天皇は、道真を元のうだいじんとして官位を一段階あげ、正二位を追贈する。
道真流罪の宣託を焼き捨てて、延喜の年号を改め延長とする。
その後も、道真の怨霊はしばしば清涼殿に現れて、天皇に無実の罪を訴える。
しかし、それでも怒りは収まらない。
延長8年6月29日、清涼殿の柱に雷が落ちて火事となった。
大納言清貫(きよつら)の衣に火が付いて、転び叫んだが消えなかった。
右中弁希世朝臣は顔が焼けて柱の下に倒れ付し、是茂朝臣は弓をとって向かったがすぐに殺された。
近衛忠包(ただかね)は髪焼けて死に、紀蔭連(きのかげつら)は炎にむせんで悶絶した。
この火事の毒気がもとで病となり、醍醐天皇は位を朱雀天皇に譲り、29日に出家し、その日に46歳で死んだ。
道真の復讐はここに完了した。
この縁起の中心のテーマは、道真の復讐である。
怨霊は、時の左大臣、藤原時平を殺したのみでなく、時の天皇、醍醐天皇をも殺したという
実に恐ろしい話がこの物語の結末である。




で、実はここからが
へぇーと思ったところなのだが、続きはまた。。。。。
今日から日曜日まで、2年前から憂鬱におもっていたイベントに参加する。
台風も来ているのに、どうなることやら・・・・・
どうせ台風が来るのなら、17日の日曜日に来てもらいたかった。
私にとっては、最悪のシナリオ。などと
ぶちぶちいってもしゃあないので(だったら書くなよってか。まあ、言ってストレスを減らすのじゃ)、
「あらっよ」で乗り切りろっと。
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04年10月05日 火曜日
<占い>
占い、結構信じています。
特に「目覚ましテレビ」の占いを毎日ほとんど欠かさずといっていいくらい見ます。
このところ、ずーっと低迷運勢でした。
昨日、珍しく1位でした。
お願い事をすると、かなうと言うものでした。
ずいぶん前からお願いしたいな〜という事項がありましたので、今日だと思い
勇気をだして「お願いの儀あり」メールをしました。
仕事中に返事が来ました。
私のお願いを聞いてくれるというと返事でした。
思わず片手を挙げ、「やったー」
小学生・たか 「どうしたの?」
私 「うっしっし、うれしいことがあったの」
たかをはじめ、中3の女の子に抱きついたり・・・・・、始終ニタニタ。
久しぶりに狂喜乱舞しました。
ふと、思いました。
日曜日に登場したリオ・ケンタ、
ジャニーズ系なんです。
あの子達にも、どさくさにまぎれて「抱擁」しちゃえばよかった。
なーんて、冗談ですよ、冗談。(うーん、半分本気かな??(^^♪)
まぁ、時折、占いがあたるというお話でした。
気が付けば、学生さんの制服が「冬服」になっていた。
もう、10月なんですよね。
この所の非日常の事柄に追われ、気が付きませんでした。
非日常の事項、今週・来週と続きます。
無難にこなしたいものです。
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04年10月03日 日曜日
<年号>
年号を答えさせる問題は、昔より少なくなりました。
とはいえ、年号を覚えていたほうがスムーズに解くことが出来るので、
語呂合わせを言います。(時には自分で考えたりします)
1192・・・いい国つくろう鎌倉幕府
710・・・納豆食べてる平城京
939・・・臭くてたまらん藤原純友の乱
てなぐあいです。
先日、中3生が「ワイマール憲法」はいつ?と聞いたので
「いくいくワイマールだよ。
いくいくベルサイユ条約ともいうよ」と答えました。
中3生のリオとケンタが笑いながら言いました。
「いくいくなんて女の人が言ったらだめだよ」
おーそう来るかと思いながら
私 「いやいや、どんなふうに覚えてもいいのだ。覚えたもの勝ち」と笑って答えた。
私 「ところでケンタ、すけべえな白河上皇の院政は何年??」
リオ 「何々??すけべえ??」
(この話は、ケンタにはしたのですがリオにはまだでした。)
私 「そうなのよ。すけべだから保元の乱が起こったのだよ。助べえだからいれてやろう」
リオ 「すけべえでインセイなら、すぐおぼえるっじゃん、ケンタ!!。いちごパンツと同じだ」
私 「いちごパンツか!。すごいインパクトがある。すぐ覚えるじゃん!!」
ケンタ・リオ・私で「がはは、わはは」大笑いでした。。
毎年同じ説明をするのですが、ここまで受けた学年は初めてです。
「いちごパンツ」は、「本能寺の変」です。
「いちごパンツ」の語呂合わせ、知ってた??私は初めて聞きました。
ここまでうけたのなら「1086年の入れてやろう白河院政」すぐ覚えてくれるだろうと期待するのですが
だめです。
お子達、盛り上がったことだけを覚えているんです。
ちょっと、涙ものです。
因みに、私は「いくいくベルサイユ、いくいくワイマール」
口にするたびに
「いくこ」という名の友人の顔を思い浮かべます。
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04年10月01日 金曜日
<懸案事項、終わる>
今日一日が無事に過ぎたことに、感謝しよう!!
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04年09月27日 月曜日
<効果あるかな?>
心理トリック:著樺旦純(かんばわたる)より
記憶力を高める曲
ヴィヴァディ 「フルート・ソナタ(忠実な羊飼)」、ラヴァル 「ボレロ」
ヘンデル 「調子のよいかじ屋」、バッハ 「バッサカリア・ハ短調」
ベートーベン 「ロマンス・ト長調」、「エリーゼのために」
クライスラー 「美しきロスマリン」
便秘
食前と就寝前に
モーツァルト「メヌエット」/ショパン「マズルカ舞曲」/シュトラウス「ウィーンの森物語」
ドボルザーク「ユーモレスク」/チャイコフスキー「白鳥の湖」
頭痛
ガーシュイン「パリのアメリカ人」、ベートーベン「ロマンス・ヘ長調」
ヒステリー
ベートーベン「田園」、メンデルスゾーン「真夏の夜の夢」
ノイローゼ
ビゼー「カルメン組曲」、リスト「ハンガリー狂詩曲」
試しても一時で終わってしまう。
効果がでるまで、聞いたためしがない私。
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04年09月26日 日曜日
<つれづれに思うこと>
今週と来週はルーチンワーク+その他もろもろ。
日替わりメニューが続くので、間違わないようにしなければ。
頭の中にスケジュールがインプットできない。(苦笑)
百人一首の呪:著高田祟史
おもしろい。
設定等が京極堂に似てるぅー。
恐れていたことに(この予感がしたから、今まで読まないようにしていた)
はまってしまいそう。
ハリーポッターをはじめ、梅原氏も読みたいし、
悩むぜ
楽天の社長、
なんのことはない、「なべさだ」の息がかかった人物だとか・・・・・
仙台に名乗りを上げた理由が、わかった気がする。
「老兵はただ消え去るのみ」
なかなか出来ない行為か?!
楽天で、本を購入しないようにしよーっと
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04年09月25日 土曜日
<初めての経験>
チケットぴあで初めてチケットを買った。
へへへ
6月のバレエを最後に、この頃コンサートに出かけなかったけれど、
その分
10月・11月・12月に
各一つ、出かけることになった。あっ、11月は、コンサートとはちょっと違うか!!
わくわく、たまにはこういうこともなくっちゃね。
でもね、コンサートのチェックはまめにしていたつもりなのに、
見ているようで見ていないのね。
お知らせをもらうまで、気が付かなかった。
たぶん、先月のお知らせにも載っていたのだろうけれど。
新井満氏の「千の風になって」、木曜日に届きました。
やっぱり、頼んでいたのよね。
よかった、ぼけてなくて。
と思ったのもつかの間。
ピンクのカード入れを頼んだつもりだったのに、
手元に届いたのは、黄色だった。
まぁ、いっか。
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04年09月21日 火曜日
<久しぶりの本屋さん>
昨日、仕事に行く前に時間があったので、仕事場の近くの本屋によった。
暗黒館の殺人・・・・あった。あった。げー、こんなに厚くて2冊か〜。値段をみた。
一冊1500円、あわせて3000円。
次回にまわすことにした。
新井満氏の「1000の風になって」、友人が良いといっていたので一週間前くらいに某所に発注した。
でも、届いていない。
頼んだつもりだけで、頼んでいないのかな〜。
と思いながら、本屋さんで探してみた。
A THOUSAND WINDS
Do not stand at my grave and weep, I am not there,
I do not sleep.
I am a thousand winds that blow; I am the diamond glints on
snow.
I am the sunlight on ripend grain; I am the gentle autumn's
rain.
When you awake in the morning hush, I am the swift uplifting rush
Of quiet in circled flight.
I am the soft star that shines at
night.
Do not stand at my grave and cry.
I am not there; I did not
die.
英語詩だから、訳は微妙に違うので英語でのせたけれど、
朗読を聞きたい方は、ここ。
詩だけのほうがいいかもしれないけれど。
新井満氏の「1000の風になって」は、頼んでいるかもしれないので、立ち読みだけにしてきた。
ゲットしたのは高田崇史氏「百人一首の呪」と他1冊。
貸し出し中の「ハリー・ポッター」も戻ってきた。
やっと、ストックしてある本がなくなったのに
また、増えてしまった。
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04年09月19日 日曜日
<へーぇの抜粋文>
捏造された昭和史:著 黄文雄・・・この本、悲しくなるの。「なんて日本はお人よしなんだろう」って。
だから、今日は
心理トリック:著 樺旦純から
「個人的な失敗を口にするな」
世界の第一線で活躍している人も皆、無数の失敗の歴史の中からはいあがってきた人たちだ。
彼らはその失敗を口に出したがらず「自分は運が強かったから」と異口同音に語っている。
ー中略ー
「決して個人的な失敗を口にするな」というのは、口にすることはマイナス方向しか進まないからである。
そんな話は、周りの人間に対して哀れみを求めていることにしかならないし、人間関係の上でも、
相手から見下ろされるようになり、ますます自分は萎縮してしまう。
「ああ、あれね、大した失敗じゃないよ」という大らかな人間に対しては、他人はどこまでもついていくものなのだ。
偉大な仕事を行うのは、そんな人間である。
失敗を繰り返す心理トリック
成功した人間を実際見ると「反省しない」という公式を持つ人が多い。
ー中略ー
「あのときああしておけば・・・・・」と思い悩み、クヨクヨするのは、後悔や反省に貴重なエネルギーを
費やすばかりのムダな作業なのである。
反省とは、人間を萎縮させてしまうものなのだ。
生命力あふれる生き生きした感じが失われてしまうのも、この反省がエネルギーを
うちけしてしまうためであることが多い。
顔が変わると、性格も変わる?
アメリカの整形外科医マクスウェル・マルツが確立したのが、サイコ・サイバネティクスの理論だ。
マルツは、醜い顔がきれいな顔になると、今までの性格がガラリと変わるのを、何度となく見てきた。
しかし、中には、手術によってきれいな顔になっても、前の性格が変わらない人もかなりいることに気が付いた
このことから、マルツは、
「肉体のイメージが変わることによって人間が変化するのではなく、
心のイメージが変わることによって人間が一変する」と考えた。
つまり、人間がしあわせになれるかどうかは、心の中で描いているイメージによって決まる。
しあわせになろうとするには、心の中で、「自分はしあわせになれる」というイメージを描き、そのイメージが
きっと実現するという信念をもつことが大切なのである。
yuki思う。
なるほどね、失敗したことを口に出したらいかんのね。
反省したらあかんのか。
「人生、そんなこともあるよね」で、流すことが明るく過ごし第一歩かも。
イメージを描き、そのイメージが
きっと実現するという信念をもつことが大切なのである。
これは、まさしくそのとおり。
実現したかったら、まず思うこと。
そして、その思ったことを強く希望することだと常々思っております。
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04年09月17日 金曜日
<久しぶりの昭和史の本>
捏造された昭和史:著者黄文雄
こりゃ、いかん。落ち込みます。
以下抜粋文。
戦後すでに60年になろうとしているが、それでも日本は、相変わらず中国や韓国から
「正しい歴史認識」なるものを突きつけられ、慌てふためいている。
だが、そのような各国共通の価値基準など成り立つはずがない。そもそも統制的な歴史観は、
全体主義国家にしか存在し得ない独善的なものなのだ。
ことに中国や韓国のいうところの「正しい歴史観」に限って言えば、ほとんどが「捏造された歴史観」である。
日本人がそのようなものを強要されても屈辱と思わないのは、つまり国家意識を喪失したからだろう。
長期にわたる一国平和主義の中で、天下国家を語る者は極めて稀になってしまっている。
ー中略ー
この日本の悪戦苦闘の歴史を、たんに「進出」か「侵略」かの議論で片付けていいものか。
戦後日本を支配してきた歴史観には、歴史事実のつまみ食いで成り立つもの、歪曲や捏造まで
加えられたものである。
で、詳しくさまざまな場面の説明が続くのです。
気になった文が、これ。
中国人自身が自分たちの問題を解決できない以上、列強が介入しても解決の道にはいたらない。
それに気づいた欧米・ソ連は、第一次大戦をきっかけに、中国からだんだん手を引いていった。
しかし、日本は逆に泥沼化した中国の内乱の深みにはまっていったのである。
ー中略ー
中国からイギリス、アメリカ、ソ連の勢力が後退するなかで、
日本は中国の排外運動の当て馬になったようなものである。
反日・抗日と叫んでいれば、大義名分が成り立つ愛国者になり、自己弁護もできるので、
反体制運動をするにはかっこうの隠れ蓑になるのである。
パウエルさんもアナンさんも「イラク」への攻撃が間違いだったという見解を示した今、
日本がこの中国の二の舞にならなきゃよいけれど・・・・・
明日は、「法隆寺」の講習の日。
先月休んだので、がんばっていかねば!
今日、今年から雇い主さんになったお方から「来期、もう一日、あけてください」の依頼あり。
「ここの職場、来期は首かもしれない」と思っていたので、ほっ。
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04年09月14日 火曜日
<小学生でもわかる聖徳太子の偉大さ>
梅原氏に「偉大な、あまりに偉大な人間に生まれることは不幸なことなのであろうか。」
と言わしめた聖徳太子。
今日はその偉大さについて、私の言語感覚で書いてみようと思うのです。時間があればお付き合いください。
(抜粋文を打ち込むことに、つ・つ・疲れました)
ということで「小学生にもわかる」です。
聖徳太子といえば
1、十七条の憲法
2、冠位十二階
3、遣隋使の派遣
4、四天王寺・法隆寺等の建立
で、
意外と知られていないのが(私も知りませんでした)下記のことだ
1、一代一宮(天皇のいる宮殿のあるところ、そこが都。そしてその天皇が死ねば都はかわる)
この原則を破ったのが、聖徳太子である。
隋に対抗するには、日本が隋に認められるために、恒久的な都を作る必要がある。
と考えた太子は「小墾田(おはりだ)」遷都を行う。
聖徳太子以後、
大化の改新・・・難波
大宝律令・養老律令・古事記・日本書紀(今の政治形態を作った)・・・・藤原京ではじまり、平城京で完成。
桓武天皇・源頼朝・徳川家康とうとう、新しい政治は、新しい政治舞台を選ぶことから始まるようになる。
2、わが国初めての歴史書「天皇記」「本記」「国記」の編纂
隋に対抗するため、日本が隋に認められるために、この歴史書も編纂される。
これらは「古事記」「日本書紀」に埋没していく。
3、「日本」「天皇」をセットで使い始めたのが太子である。
因みに「日本」と言う名はどこから来たか
聖徳太子の頃、近畿地方を中心とする「倭」の国は「蝦夷」の国を征服する。
この蝦夷の国は、倭の国から「日の本」(日が昇る東の国)と呼ばれていた。
倭の国は中国から名付けられた卑しい名前の「倭」の名前が嫌いであった。
で征服した蝦夷の国名「日の本」から「日本」という国名を名乗ることにする。
(yuki思う:ここのところ、非常に日本的。怨霊信仰にも通じる。)
一方の「天皇」はというと、次のとおり。
隋の煬帝は、地上での偉大な王である。地上の偉大な王は、煬帝ただ一人である。
その煬帝に対抗するには、平等であるためには、
天上の王ということで「天皇」となる。
で、隋の煬帝に送った国書の出だしの「日出づるところの天子」につながっていく。
だから、「古事記」のアマテラスは天上にいらっしゃるわけだ。
梅原氏の「聖徳太子」像が正しいのなら、私は思ったですよ。
「藤原不比等はすごい。今ある歴史を作った、歴史まで改ざんしてしまう偉大な人物だ。」と、
この頃思うようになったのですが、考えを改めなければなりません。
聖徳太子が律令国家の基礎をつくり、それを藤原鎌足・不比等は継承したのだと・・・・
つまり、
織田信長が聖徳太子で、秀吉・家康が鎌足・不比等なのだ。
聖徳太子は、偉大だ。偉大すぎる。
しかし藤原氏の都合のいいような律令国家になってしまったことを
太子が知ったならば、本当に自殺しちゃうよな〜
で、「北野天満宮縁起」がまた、おもしろいのだ。
そこでの藤原氏の動き。本当に不思議で狡猾な「氏」なのだ。
いつかまた、この話を載せてみたい。
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04年09月13日 月曜日
<アイヌの「あの世」観>
アイヌの信じるあの世は、この世とあまり変わりなく、ただこの世と全てあべこべであるという
違いがあるだけである。
この世の右が左、左が右、昼は夜、夜は昼、夏は冬、冬は夏という違いがあるだけである。
死ねば、人は祖先の待っているそういうあの世に往き、しばらくあの世に滞在して、
また同族の子孫になってこの世に帰ってくる。とすれば、
全ての人は祖先の誰かの生まれ変わりで、
人は全てこの世とあの世を往き来する。
その話を聞いて私は、アイヌの生死観は日本人の心の基層に存在する生死観でもあるし、またそれはどこか、
ニーチェの永劫回帰の思想に似ていると思った。
ー中略ー
それは幼児の死の話である。全ての人間の霊が祖先の生まれ変わりであるとしたら、
幼くして死んだ子供をどのように葬るかが問題になる。
幼い子供も、祖先の霊が再び帰ってきたものであるが、そういう霊をすぐあの世に送るのはかわいそうであるし、
また甦った祖先にすまないことである。
そこで、アイヌの人たちはその霊を遠いあの世へ送らず、
再び母の胎内に戻して、そして次の子となって生まれかわることを祈るというのである。
そのために、幼児の遺体は大人とは別に家の入り口の所へ埋められ、人がよく踏むようにして、
早く次の子になって再生することを願って葬られるというのである。
その話を聞きながら、私は縄文時代の幼児の骨が家の入り口の所に逆さになった壺に入れられて
埋められることを思い出した。
壺は子宮のシンボルであり、よく踏むというのは
セックスの行為を象徴しているのであろう。母の胎内に帰ってまた生まれてこいという
願いを示す呪術的行為であろう。
ー中略ー
しかし胎児はそうはいかない。それは母の胎に閉じ込められているので、
その霊はあの世へは逝けないことになる。
それでアイヌ社会では、妊婦を葬る場合、いったん墓場へ妊婦を葬って、その後、
呪術を持っている老婦人が墓へ入って妊婦の腹を真っ二つに切り、
胎児を取り出し、その胎児を妊婦に抱かせて葬るというのである。
それはまさしく血にまみれた宗教儀式であるが、
アイヌの生死観から見れば極めて当然で、かつ重要な儀式なのである。
胎児、すなわち十分人とならずに再びあの世へ往かねばならぬ祖先の霊は、
このような儀式によってのみ無事あの世へ往くことが出来るのである。
「古代幻視」:著梅原猛より
「縄文時代の土偶はこのような生死観のあらわれではないか」
と梅原氏は述べている。
土偶は、すべて妊婦であり、目は異様で、全ての腹の真ん中が縦真一文字に切り裂いたような
線があるんだそうな・・・・・
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04年09月12日 日曜日
<ちょっと笑えた本からの抜粋>
おいおい、おまえな、そういう難しいことをいきなりそんなにうれしそうな顔して軽くきくなよ。
幸せな結婚生活にとっていちばん大切なことは何かって言われたって、問題が大きすぎて、
ひとくちじゃ答えられないよ。
そりゃな、おれも結婚して8年になるからな。キャリアからいえば、その点でもたしかにおれは
おまえより先輩かもしれないけどね。
幸せだろうと不幸せだろうと、結婚生活そのものがとても厄介で難しいんだからさあ。
その中でいちばん大切なことなんていわれてもなあ。
ま、しいて言うならば、いちばん大切なことは、幸せな結婚生活を望むなら、はじめから結婚なんかしないことだな。
そんなことはないよ。どこが答えになっていないんだ。ちゃんとなっているじゃないか。
つまりだな、おれが言いたいのは、結婚生活に幻想を抱くなってことなんだから。
ー中略ー
女ってのはきれいでかわいくてやわらかいだけの生き物じゃないからな。
すごいんだから、女は。
何がすごいってねえ、奴らはまず考えることがすごい。とても信じられないようなことを
敵は考えるんだから。男のおれたちが300回逆立ちしたって考えつかないようなことを、
女はニコニコして紅茶を飲んでチーズケーキ食べなが考えてるんだから。
もっとすごいと思うのは、そうやって考えついたとても信じられないことを、
女は実際実行しちゃうってことなんだから。ほんとうにすごいんだぞ、おまえ・・・・・
ー中略ー
何だって?先輩はそれでも結婚生活を送っているっていえるんですかだって?
ばかだな、おまえは。
これこそが結婚生活っていうもんなんだぞ。わからん奴だな、おまえも・・・・・
騙し騙され。見て見ぬふり。死んだふり。地雷は相手に踏ませて自分では踏まない。
ーそれを突き通してこそ、結婚生活は成り立つんだからな。
ー中略ー
インチキな結婚生活なら離婚したほうがましってねぇ、そういう簡単なもんじゃないぞ、おまえ、結婚ってもんは。
インチキだからこそ、女と男の本性が顕れて人生の学習に役立つんじゃないか。
「古代幻視」:著梅原猛
すごく、もとい、すげーおもしろい。
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04年09月10日 金曜日
聖徳太子の最期
日本書紀では、病死ということになっているが
関氏は暗殺説、井沢氏は自殺説ををそれぞれとっている。
梅原氏はというと、下記のような説をとる。
聖徳太子が「憲法17条」「冠位十二階」とうとう政治の改革をなしえた後
政治の第一線から退いて『三経義疏』の制作という著作者へ転向をする。
仏教思想に影響された太子は、世間に対して深い絶望を抱くようになる。
晩年の太子は厭世観に支配されていく。
618年、太子が崇拝していた隋の煬帝が滅ぼされる。
この事件は、ますます太子の厭世観を深める。
621年12月、「母」穴太部間人皇后(あなほべのはしひと)が亡くなる。
続いて太子の理想の妻、膳部妃(かしわでひめ)が翌年2月21日に亡くなる。
という状況から、自殺説ではないか(心中説を含む)と梅原氏が推測しているという印象を、私に抱かせる。
抱かせるというのは、梅原氏ははっきり言い切らないのである。
以下は、梅原氏の抜粋文である。
しかし私にはなお太子の死が純粋な病死であることを、百%承服できかねる気持ちがある。
病気であり、しかも自殺であるということだってある。最近、京都の有名な禅僧が
病気を苦に自殺した。その自殺が報道された時、別のまた有名な僧は、なぜそれを隠しきれなかったかといって
その弟子たちを責めた。この名僧の言うことも一理ある。
禅僧はそれにふさわしい死を死なねばならないのである。
自殺などということは絶対してはならないのである。
自殺ということを絶対にしてはならない以上、その禅僧の死は絶対自殺ではない、
そういい通せ、そう隠しとうせ。
そうすることが、亡くなった人への愛情である。
太子の子孫たち、山背大兄皇子が、そういう愛情の持ち主でなかったとは考えられないであろう。
法隆寺釈迦像の光背の銘(注:病死説)は、そういう愛情の公的な表現であり、
世間の疑惑を一掃するためのものだとは思えなくない。
それはたしかに下衆の勘繰りかもしれないが、下衆ばかりか、太子を本当に尊敬する人々によっても、
『太子伝暦』(注:心中説)に語られるような話が真実の太子伝として語りつながれるような
原因を提供するような影が太子の死にはある。
太子の死についてはこれ以上語るのはやめよう。太子の死はたぶん病死である。
90%あるいは99%病死である。
しかし、晩年の太子はもうあまり生を願っていなかったように思われる。
彼はなすべきことをすべてなしとげたが、偉大なことをなせばなすだけ、彼は孤独になり、
そしてこの人生というものに立ち向かおうとする意志を失っていたように思われる。
偉大な、あまりに偉大な人間に生まれることは不幸なことなのであろうか。
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04年09月09日 木曜日
一ヶ月ほど前から、油こしきのふたが消えた。
どこを探しても見当たらない。
無意識のうちに捨てたのかといろいろな場所を探したが、見当たらない。

ふたがないだけで新しい物を買うのは悔しかったので、なべのふたで代用していた。

結構不便だったが、ずーいずーいと我慢した。
今日、ひょんなところから出てきた。
どこからでてきたかっていうとね
ここ。
上に張り付いていた。下は一生懸命探したんだけれど、まさか上に蓋さら張り付いていたとは思いもよらなかった。
出てきた蓋がこれ。
まともになった姿
買わなくてよかった〜ぁ
ハリーポッターは、小学6年のたかに月曜日に貸した。
水曜日に戻ってくるかと思ったが、(彼、めちゃめちゃ、本を読むのが早い。ハリーポッター、1冊を
2時間で読んでしまうらしい。)
戻ってこなかった。
少し、安心。
ちんたら過ごしてしまう今日この頃。
もう少し、まともな話題を提供したいと思うのだが・・・・・
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04年09月06日 月曜日
先日キャンセルになったランチ、今日してきました。
18歳の彼女のお肌は、つるつるぴちぴち。
なんだかきれいになっちゃって、話しながら「よだれ」たらしてました。
「火曜日だから、今日はなっちゃんちか」と思って、車を走らせていたんですが、
気が付きました。
今日が月曜日だってこと。
昨日、仕事だったんでつい火曜日のつもりになっていました。
今週は、学力調査の結果がでるし
なが〜い一週間になりそ〜。
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04年09月05日 日曜日
やっと、やっと、
聖徳太子1−4、読破。
書き下し文に頭を悩まし、中国・朝鮮の歴史にくらくらしながら、
極めつけは、仏教の教え。
字面を追うだけ状態もままあったけれど、
読破できたことは、めでたいめでたい。
夜、2度も地震があった。
一度目は夕飯を食べていたとき。
2度目は、この日記を書き始めたとき。
比較的長い時間、揺れていたような気がする。
ちょっと、怖かったなー。
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04年09月02日 木曜日
「秋」ですね。
風が心地よいです。
今日は、獣医さんのところに行ってきました。
尿の検査結果もよいし、足の具合もこのところgoodです。
こんなことを言っていると、また、悪くなるので気をつけなくては・・・・・
今日は、ランチの予定が入っていたのですが、
ドタキャンされちゃいました。
前回は、私の胃カメラ事件で私がキャンセル。
今日は、彼女の腹痛でキャンセル。
今月から、また、仕事が少し増えます。
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04年08月31日 火曜日
8月も終わりです。
明日、ハリーポッターの本が届きます。
聖徳太子4も、まだ他にストックしてある本もあるというのに、
欲張っちゃったかな〜ぁ。
友人は、今年も山に登るのでしょうか?
この時期、ふと頭をよぎります。
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04年08月30日 月曜日
漢字の読みがわからないとき、
国語辞典で調べる方法、知りませんでした。
うえーん。
来年、仕事がないかもしれない
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04年08月29日 日曜日
今年度、数学の点数が一桁という中3生を受け持っている。
数日前、文字式を解く問題をやった。
3x=4y(yについて解け)ってなやつ。
今までこの手の問題は、何度となくやったのだがわやだ。
説明に、手を変え品を変えても理解してもらえない。
これだけ説明してもわかってもらえないと、こちらの説明があかんのだと
悲しくなる。
ここで私が暗くなってもいかんと思いなおし
水曜日に数学の先生に「教え方」をレクチャーしてもらった。
意気込んで
今日、彼女と解いてみた。
あれ〜〜?!
彼女、あれほどやった展開((3x+4)(5x−2)のかっこをはずす方法)の仕方を忘れてる〜。
そそそんなー!
文字の足し算・掛け算も忘れてルー
文字式どころの話ではない。
今回だけの話ではないのだ。
毎回、
前回口をすっぱくして教えたことを、きれいさっぱり忘れてる。
泣けるぜ
いい子なのだ。
歴史の話をよく聞いてくるので、私が話をすると、一生懸命聞いてくれるし、
私が読んでいる歴史の本を初めて読みたいといってくれた子だし、
話をすれば
難しい言い回しもできるし、・・・・・・
「あっ、シャープある?あったら貸して」
などと私に言ってくる子も珍しい。そんな彼女を私は楽しんだりしている。
でも、でも、何度説明しても
わかってもらえないと、
私の声は上ずり、
自信喪失に陥る。
9月3日にある、県下一斉の学力テストも一ケタ台かも。
いただきにくいな、授業料。
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04年08月28日 土曜日
やっとやっと、終わった〜
長かった夏期講習、無事終わりました〜〜〜。
いろいろ思うところはありますが、
まずは穴を開けることもなく終わったことに、
私には金以上の価値がありますぅ。
一番の心残りは、
「今日の法隆寺の講習を休んだこと」かな。
午後からの仕事を考えるて、休むことにした
行けば良かったかなー
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