北野天満宮 (きたのてんまんぐう)

天神さんの名で親しまれる北野天満宮は
学問の神様として知られる
菅原道真を祭神とし
合格祈願に訪れる受験生も多い

春には約2000本の梅が咲く梅苑も人気が高く道真の命日、2月25日の梅花祭では
上七軒の舞妓・芸妓による野点が行われる

毎月25日には天神さんの縁日が行われ
普段は静かな境内も
多くの露店がでて賑わいをみせる

学問の神様・菅原道真をまつる


由来

903年、無実の罪で左遷された右大臣・菅原道真が九州太宰府の配所で死んでから、京都に雷火・地震・道真を追いやった関係者たちの死などが相次いで起こったため、これを道真のたたりであるとし、朝野こぞって恐れおののいた。荒れる道真の怨霊を鎮めるために朝廷は火雷天神の号を賜わり、北野の地に神殿を営んだ。

947年、右京七条に住む多治比文子らが祭ったのが起こりとされ、のち959年藤原師輔が社殿を造営し御霊信仰に加えて文学の神として広く崇敬を集めた。


建築

現在の社殿は1607年に豊臣秀頼が片桐かつ元を普請奉行として造営したもので、広い神域内に本殿・拝殿をはじめ、回廊・中門・透塀・東門など多くの典雅な桃山建築を連ねている。社殿は八棟造で権現造の典型とされる。

中門(三光門)

単層、入母屋造、檜皮葺の四脚門。正面や背面の軒下には豪華な彫刻を施し、特に中央の唐獅子のかえる股はみごと。背面に三日月・日の出・日の入りの3彫刻があることから三光門とも呼ばれる。

石灯籠

中門を入って右側に立つ六角形の灯籠。大江山の鬼を退治した源頼光の四天王のひとりで羅生門の鬼の片腕を切った伝説で知られる渡辺綱の寄進と伝えられる鎌倉時代の作。

本殿

中門の正面に立つ檜皮葺の大建築。八棟造といわれる複雑な屋根の構造は日光東照宮に継承され、権現造の本源とされている。
平成13年の御祭神1100年の時に屋根の葺き替えがなされている。

宝物殿
楼門を入って右手にある。北野天神縁起絵巻をはじめ多くの社宝を収蔵している。


国宝

本殿、石の間、拝殿、東西楽の間、紙本着色北野天神縁起8巻(付紙本墨画同縁起下絵・梅樹蒔絵箱)

重要文化財

中門(付左右袖塀2棟)、回廊、後門、透塀(付棟札6枚)、東門、絹本着色舞楽図2帖、紙本着色北野天神縁起9巻、紙本墨画雲竜図、太刀・刀5口、紙本墨書日本書紀28冊、紫紙金字金光明最勝王経第一(後宇多天皇)、板絵金地着色昌俊弁慶相騎図


菅原道真

平安時代前期の公卿であり優れた学者でもあった菅公・菅原道真は祖父・父ともに碩学としてきこえた家系に生まれ、父祖にまさる道真は清和・陽成・光孝・宇多の四帝に仕えた。特に宇多帝の信任は厚く、皇太子の教育係に任ぜられた。それとともに地位も上がり、参議から式部大輔、左大弁そして娘を入内させて大納言にまで昇った。やがて宇多帝は譲位され、皇太子が醍醐天皇となった。その際にも宇多帝は新天皇に強く推薦して道真を右大臣に昇進させたのである。
しかし当時は藤原氏の全盛時代で、道真の上位の左大臣・藤原時平(関白藤原基経の子)は藤原氏以外の者が大臣の地位に着くことを好まず、しかも「類じゅう国史」や「新撰万葉集」などを著し優れた書の達人でもあった当時55歳の道真という大学者は、苦労を知らない29歳の時平には妬み憎しみの対象となった。
時平は道真の失脚を画策して醍醐天皇に、道真は醍醐帝を廃して自分の娘が生んだ親王を帝位につけようとしていると進言した。天皇はその進言によって道真を太宰府に左遷することになる。もし進言を受け入れなければ天皇も藤原氏と敵対することになり、自らを守るためにも天皇は道真を失脚させなけらばいけなかった。
この時代、すでに太宰府は朝鮮半島との軍事・外交上の重要性を失っており、道真はそこへしかも長官としてでもなく権師という低い身分で飛ばされたのである。
道真は宇多上皇に助けを求めるがそれもかなわず、ついに九州太宰府へと下ってゆく。

 東風吹かば匂いおこせよ梅の花
  主なしとて春な忘れそ

京の自邸に咲く梅の花を想い歌ったこの歌は有名だ。
都に恋こがれながら、道真は左遷後2年ほどで死んだ。その直後から都で頻繁に天変が起こった。御所の清涼殿に雷が落ち、その場にいた大納言藤原清貫らが胸が裂けたり顔が焼けたりして「震死」したという。この雷は道真の怨霊の仕業とされ、そのとき居合わせた時平は太刀を抜き「そなたは生前わたしの次位におられた。たとえ雷神になられてもわたしに一目お置きなさるべきである」と言って睨みつけたところ雷鳴は鎮まったという。しかし、そのうち道真左遷の関係者が次々と死んでいき、ついにはその中心人物であった藤原時平も37歳の若さで病に死んだ。
人々は雷や病魔となって復讐する道真の怨霊を恐れ、その霊をなだめ鎮めるために神として祭ることとした。これが北野天満宮である。


祭り

梅花祭
菅原道真公の命日である2月25日に、道真公が愛でた紅白の梅花を神前に供える。上七軒の芸妓による野点(のだて)が行われる。

ずいき祭
五穀豊穰を感謝して氏子たちが「ずいき」で作った御輿の巡行をする。(10月1〜5日)

縁日
天神さんと呼ばれ、菅原道真の月命日である毎月25日に露店がでる。


おすすめ情報

梅園
2月中旬〜3月末まで公開される。約2000本の様々な梅の花が咲き誇る。

牛の像
参道の両側にある牛の像は、自分の体の悪いところと牛の同じところを交互に触るとよくなると言われている

粟餅所澤屋
今出川通りに面して北野天満宮の真向かい。名物の粟餅はきな粉やこしあんが調和して絶妙。店の前には行列ができることもあり、売り切れると閉店するので早めにいったほうがよさそう。(粟餅1皿5個 510円)(持ち帰りも可)(木曜、26日休)

住所 京都市上京区馬喰町
電話 075-461-0005
拝観 5:30〜17:30 / 境内拝観自由(宝物殿200円) / 駐車場あり
交通 市バス北野天満宮前